「死ぬほど読書」の名言まとめました

「死ぬほど読書(丹羽宇一郎)」より名言をまとめていきます。

「読書はしないといけないものなのか?」
ある大学生の投書を見て驚いた。読書の意義とは何なのか?
ビジネス界きっての読書家が、本を読むことの大切さを訴える。
本好きはもちろん、本嫌いにもおすすめの一冊。

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読書の必要性

読む、読まないは君の自由なんだから、本なんて読まなくていいよ。

読書の必要性に対する答えになる。
「え、読まなくていいの?」となりますね。
著者の基本的な考えは、「読書は強制するものではない」
また、「強制して読んでも意味がない」と訴えている。
実際、本を読むことがすごい訳ではない。

知識

本を読めば知識が増え、この世界のことを幾分か知ったような気になりますが、同時にまだまだ知らないこともたくさんあると、それとなく気づかせてくれます。

多くの人は知らないことを知らない。
経済や投資などを勉強している人なら、その奥深さに悩んでしまう。
しかし興味が無ければ、「知らない」で話が終わる。
この差は、とてつもなく大きい。

推薦

人がすすめる本は当てにならない。

これは手厳しいですね。本に何を期待するかによるだろう。
人との話題を目的にするなら、おすすめ本は最適である。
しかし自分の底上げを考えるなら、人と同じでは面白くない。
直感で選んだ本が、ヒットした時の喜びは代えがたい。

新旧

55年前と同じような感動と感激があったら、俺はアホだ。

著者が昔感動した本を、読み返した時の感想になる。
年を取ることは、少なくとも知識と経験を増やしている。
それなのに同じように感動していては、進歩が無さすぎる!
しかし同じように感激出来るなら、素晴らしい感性かもしれない。

醍醐味

読書は、即効性を求めても意味のないものが多いのです。
即効性がなく、自分なりの答えを考えて探すというところに、読書本来の醍醐味があるのだと思います。

現代は即効性を求めて、ハウツー本が氾濫している。
その傾向を危惧した言葉でもある。方法を知ると、簡単に結果が出やすい。
しかし自分で考えることをしなくなり、応用が効かなくなる。
読書に深みを持たせたいのなら、楽ばかりをしてはいけない?

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古典

まずは、古典の世界に足を踏み入れ、その力に触れてみる。
どんな力なのかは読んでみないとわからないけれど、古典がどんな声でどのようなことを語りかけてくるのか、耳を澄ましてみることです。

古典というと授業に出てくるようなものをイメージしてしまうが、そこまでは必要ない。
多くの人を通り過ぎた本と、捉えるだけで十分だろう。
「語りかけてくる声を聞く」という感覚で読むのは、面白そうですね。

学者

学者の感覚で難しく語ることが高尚だと思っているのかもしれません。

簡単なことを難しく考えるのは、頭のなかでクリアに整理されていないものがあるゆえなのかもしれません。

随分、手厳しいですね。
確かに頭の良い人は、周りも頭がいいと勘違いしていることが多い。
これはあまりにも自己中心的だ。相手の理解に合わせて話すのが、本当の頭の良さ。
知識自慢はほどほどに。

疑問

本は「なぜ?」「どうして?」と考えながら読めば、それだけ考える力が磨かれるのです。

これは何も理解できないような、難しい本の話ばかりではない。
最近の本は読みやすいため、何も考えなくても読み進めることが出来る。
しかし立ち止まってみると、いろいろな考えが浮かぶだろう。
本に限らずニュースなどでも、自分としての解釈を試みたい。

歴史書

歴史書に書かれている人間の在り方は、往々にして現代人の感覚や常識をはるかに超えています。
そこから人間がいかなる生き物であるか、それに対する深い理解や洞察がもたらされるのです。

人の本質は変わらない。
しかし現代の人と100年前の人では、ほとんど分かり合えないだろう。
そして100年前の人と200年前の人も、分かり合えないだろう。
人というのは分からないし、だからこそ面白い。
歴史書は、人における最高の宝の一つです。

好奇心

純粋に好奇心から手にとったり、面白そうだから読む。
その結果、想像力が豊かになったり、感性が磨かれたりする。
効用は先に求めるものではなく、あくまでも結果としてついてくるものです。

本屋に行くとワクワクする。棚を見ているだけで、楽しい気分になる。
まして偶然手に取ったものが、自分にとって新しい発見になれば結構うれしい。
ネット購入も楽でいいが、たまには本屋に行きたいですね。

最初

最初は自分の知識や教養のレベルに見合ったもののなかから、好奇心をくすぐるものを選ぶことです。
いきなりレベルの高いことをやっても、挫折するのがオチです。

本との出会いにおいて、非常に大切なこと。
最初からトルストイの小説を読んだら、本が嫌いになるだろう。
最初は純粋に面白く、そして分かりやすいものから始めたい。
そして、「読書は面白いもの」と理解してほしい。
難しい本を読むのが、偉いわけではないのだから。

楽しくない?

読んでいて楽しくない本は、読む必要はありません。

かなり極論です。しかし、「楽しくない」とは今の自分には合っていないもの。
そんな本を読んでも、得るものは少ないかもしれない。
それなら、「読まない」という選択肢も正しい。
もっとも、「教科書は面白くないから」はダメですけどね。

テーマ

文句をいいたくなるテーマは目白押しですが、笑うテーマはまったくありません。

ちょっとした愚痴ですね。
確かに文句を言いたくなるか、くだらないことばかりで、本心から笑うテーマはないですね。
最も、昔も合ったとは思えない。
後は、「笑いが出るようなテーマに出来るか?」の問題でしょうね。

失敗話

そもそも人間は愚かな生き物です。
さまざまな人の失敗事例をマスメディアなどを通じて見ているにもかかわらず、それによって自らの失敗が減っている様子はありません。

失敗事例が知れ渡っているのに、失敗が無くならない。
そのため失敗事例を知ることに意味はない、と結論付けている。
ただこれには、異議をつけたい。成功事例は知っても意味がないと考えている。
それは自慢話以上にはなり得ない。しかし失敗事例を知ることに意味はある。
知っていいて出来ないのと、知らなくて出来ないのでは、全く意味が異なる。
自分の経験や知識など、たかが知れている。
著者には必要ないのかもしれない。しかし多くの人には、絶対に必要である。

問題

しかし、人間は生きていれば問題だらけです。

問題があるということは、懸命に生きている証です。

まったく、その通り。追加するコメントはないですね。

部下

人を育てるには、手取り足取りで何もかも教えればいいというものではありません。
そうではなく、最終的には自らが己を育て、成長させるように仕向けることが肝心なのです。

言っていることは分かる。そして多くの場合、事実でもあるのだろう。
しかし全般的に、この「任せる」という言葉が都合よく使われている。
「任せる」と「丸投げ」が、ほぼイコールになっている。
そして問題が大きくなり、人を潰している。
能力のある人に、任せるのは良い。しかし能力のない人に、任せる人が多すぎる。
そして途中での、フォローの大切さを理解していない。

真の自由

世間の常識や空気に囚われない、真の自由を読書はもたらすのです。

読書による知識の吸収が、自分の芯となり惑わされない、となる。
もちろん本を読むだけでは意味がない。
そこから自分なりの考えを作り出さないといけない。
しかし最近は、本を世間の常識に囚われるために読んでる人が多い。

感想

少し読書を大げさに捉えているようにも感じますが、ほとんどは納得できる内容でした。
本好きの人にとっては、改めて読書方法を振り返るキッカケになるでしょう。
読書嫌いの人にとっては、返ってハードルを上げるかも?
ボリュームも適度であり、内容も平明である。
読書を始める前に読むには、おすすめの一冊です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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