「ひとまず、信じない」の名言まとめました

「ひとまず、信じない(押井守)」より名言をまとめていきます。

映画監督の押井守氏による7つの幸福論。独特の視点を持つ著者による「幸せとは?」
「仕事論」や「ニセモノ論」、また本職の「映画論」など多種に渡る持論を展開している。
押井氏の哲学がまとめられた一冊。

映画作品

虚構の中に真実を宿らせる。それが僕の仕事のやり方である。

映画はドキュメンタリーを除けば、全ては嘘の世界。
しかし荒唐無稽な内容でも、自分とリンクする映画は存在する。
「自分の映画作品にはメッセージがある」
これが押井映画の主題と考えると、見る時の感覚が変わりますね。

解体

ものごとを突き詰めて考えていくと、すべてのものが解体する。
そして、意味が消えていく

現実と虚構の違いを考えた時のこと。
例えば、今スマホでネットサーフィンをしている。しかしそれは現実だろうか?
実は夢であるかもしれない。
「いや、痛みもあるから現実だ!」と言っても、実は現在実験中であり、痛みを伴う仮想空間にいるかもしれない。
このように無理やりにでも突き詰めていくと、現実と虚構の違いが分からなくなってくる。
そして、それ自体に意味があるかも分からなくなる。
少し大げさだが近未来を想像した時、怖くもありますね。

ネット

ネットの情報は信用できない。すべてが虚偽ではなく、どこかに嘘が紛れている。

ネットの利点でもあり、弱点でもあります。
確かにネットには膨大な情報があり、そして嘘も多い。
しかしこれは、ネットに限らない。テレビでもラジオでも、もちろん本でも同じこと。
見る側の知識や感覚が全てとなる。

孤独と幸せ

人間は孤独のうちには絶対に幸せになれない。

ここで気をつけたいのが、「孤独」の捉え方だ。
これだけを読むと、次のように考えないだろうか?
「夫や妻、もしくは恋人がいない人は孤独である」
しかしこれでは、次の言い方も出来る。
「夫や妻、恋人がいる人は、孤独ではなく幸せである」
これには違和感がある。
ここで書かれているのは、孤独と異性のパートナーに関連性はない、と言うことだ。
もちろん、「子供のいる、いない」も幸せとは関係がない。
あくまで、その個人がどの様に考えるかだ。
孤独も、「自分が孤独と感じているか?」が全てとなる。

優先順位

偉大な人間は「あれも、これも」とは言わない。
「あれか、これか」をちゃんと言えるのである。

あらゆる物事には制約がある。映画なら予算や期間などがそれに当たる。
そのため、その制約内で何を優先するのかを選ぶのが大切になる。
偉大な人には、明確な優先順位がある。

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幻想

幻想は人を不幸にする。リアルに目覚めた人間だけが、結局幸せになれる。

空想や妄想は楽しい。している間は自由であり、制約もないからだ。
しかし嘘の世界は、しょせん嘘でしかない。
現実に向かうことだけが幸せにつながる。
ただ、二次元とか三次元だけの話ではありません。

集合時間

集合時間や食事の時間に必ず遅れて来てほしい。

著者があるカメラマンに言われた言葉になります。
正しくはないが、現実に精通している人と感心する。
チームにおいて映画監督がトップの立場だろう。
その人が早く来てしまうと、他のメンバーの時間を制約する。
逆に遅く来るぐらいだと、他のメンバーに余裕が出来る。
また誰かが遅れた時、「俺はいつも遅れているから」とか言えば、誰もが許す雰囲気になる。
真面目なだけが正しいわけではない、典型ではないだろうか?
もっとも、乗り物の時間に遅れたりしたら問題ですが。

体験

体験することは、語ることの条件とはなり得ない。

一般的には、「体験することで説得力が生まれる」と考える。
しかしそれは絶対条件ではない、と語っている。なぜだろうか?
これは著者が、見ていない映画の批評をすることに関係している。
「見ないで批評するな!」という批判に対してだ。
批評出来る理由としては、「予告編を見れば映画が分かる」と考えているからになる。
そして実際、プロの目線なら間違えないと語っている。
これが正しいかは分からないが、一面の真実とも言えるだろう。
賞賛や批評は人それぞれ。結局は自分の判断が一番だろう。

自由

「自由」そのものに絶対の価値があるわけではない。

謎掛けみたいである。「自由には価値があるだろ!」と言われそうだ。
しかし、本当にそうだろうか?
自由にもいろいろある。
ニートが部屋でゲームをしているのも自由と言える。
社長が会社の方針を決めることも自由と言える。
前者に価値があるだろうか?
後者の方が前者より、価値が上ではないだろうか?
自由にも絶対的なランクがある。

政治家

政治家に僕は人格すら要求しない。
人格だけではとうてい処理することができない案件が、世の中には山のようにあるからこそ政治が必要なのだ。

おそらく正論でしょうね。個人的にも同じ考えを持っています。
しかし世間やメディアは違う。能力よりも人格や人間性を問題にする。
しかしそれが、多くの日本人が選んだ結果である。
日本は民主主義の国、多数決が全てである。
そして、政治家の資質は民度の鏡である。

手段と目的

手段が目的になったときほど怖いものはない。

この二つを使い分けていない人が、意外と多い。
例えば、「いい大学、いい会社に入りたい」と考えていたとする。
これは手段でしょうか、それとも目的でしょうか?
これは確実に「手段」です。
それなのに、これが目的になっている人がいる。
その手段が「勉強する」になっている。これは明らかにおかしい。
これに似ているのが「結婚」かもしれない。
結婚も所詮は手段に過ぎない。決して目的ではない。
人の目的とは、「自分が幸せになる」ことではないだろうか?
いい会社に入るのも、安定した収入を確保し幸せに暮らす可能性を上げているに過ぎない。
結婚するのも心や気持ちのためであって、結婚自体には意味がない。
そのため、その間違った目的が達成された段階で、次が見えなくなる。
この点だけは絶対に間違えてはいけない。

才能

たったひとりの才能のある人間が紡ぎだす物語よりも、多くの人たちが関わり、その個性がぶつかり合う映画の方が僕はずっと好きだ。

著者の映画感が分かるのでピックアップしました。
ただ決めつけているのではなく、あくまで個人的な趣味として書いている。
ここに正しいも間違いもない。ただ、好きか嫌いかの問題だけである。
個人的には、一人の天才が紡ぎだす物語の方が好きだ。
この点に関しては絶対に結論は出ないので、議論はしない。

感想

面白く、そして興味深い内容でした。
気持ち的には、「このような考え方の人もいるんだ」という感じ。
人の多様性を知るためには、おすすめの一冊です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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