「ギリシア人の物語Ⅱ(塩野七生)」の名言まとめました

「ギリシア人の物語Ⅱ 民主政の成熟と崩壊(塩野七生)」より名言をまとめていきます。

ギリシア人の物語Ⅱ 民主政の成熟と崩壊

個人と国家

義に篤いとか正直であるとかは、個々の人間関係ならば称賛に値する「徳」だが、国家の間となるとそうとはかぎらないのが政治の世界である。

当たり前のことであり、誰でも知っていること。
しかし多くの場合、出来ていない現実がある。
例えば現代において、政治家を選ぶ時どうしているだろうか?
どうしても聞こえのいいことを語る人や、誠実そうな人を選ぶ。
しかし言ったから出来るわけではなく、誠実だから能力があるわけではない。
しかし不誠実だが能力のある人を選ぶのが、正しいとは限らない。
平時と特別時を分けて考えないといけないのだが、そう簡単にはいかない。
本当に政治家を選ぶのは難しい。

繁栄の継続

繁栄は、努力や苦労をしなくても謳歌できると思うと、完全にまちがう。
繁栄を謳歌したければ、それに要する努力や苦労を欠くわけにはいかない。

繁栄を築いた人は、その苦労を知っている。
しかし繁栄しか知らない人は、自然に繁栄していると錯覚する。
繁栄は自分に与えられた権利だと考えてしまう。
堕落するな、と言う方が難しい。

演説の後

ペリクレスの演説を聴く人は、最後は常に将来への希望を抱いて聴き終わる。

アテネに長期の繁栄をもたらした、ペリクレスの演説について。
人は感情で動く生き物である。
悲観よりは楽観を好む。暗い未来よりは明るい未来を希望する。
有識者は、これを「まやかし」と言うかもしれない。
しかし人には「先に気持ちあり」が大切だ。
希望無くして明るい未来は存在しないだろう。

チャンス

まず、「チャンス」があった。

絶頂期のアテネについて。
人は安定を望んでいる。しかし、それと同じぐらい成功を望んでいる。
そこで日本を考えてい見る。いろいろと良いことは言われている。
しかし「日本にはチャンスがある」という人が、はたしているだろうか。

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同盟

同盟とて、不断の「メンテナンス」を欠いては、機能の持続は望めない。

同盟するのは利用価値があるからです。
言い方を変えれば、価値が無ければ同盟はすぐ解消される。
そのため常にお互いの価値を確認しないといけない。
これは結婚相手や友達にも同じことが言える。
相手にも打算があることを忘れていませんか?

現実主義者

現実主義者が誤りを犯すのは、相手側も現実的に考えるだろうからバカなまねはしないにちがいない、と思い込んだときであると言う。

なかなか厳しい意見ですね。ここで注目したいのは、「バカなまね」について。
自分にとって「バカなまね」は、相手にとっての「バカなまね」とは限らない。
相手にとっては非常に有効な手段かもしれない。自分視点でものを考えるのは危険である。

リーダー

民主政体を機能させるのに、そのリーダーまでが民主的である必要はない。

事実ですが、肯定しにくい言葉になります。
民主的というのは、単純にいえば多数決で決めること。
しかし多数決の結果が正しいと限らないのは、誰もが知っている。
そのためリーダーには、正しいとされる少数意見を採用するだけの力が求められる。
決断力とも言い換えられる。
これは強権なのだろうか? それとも優秀なのだろうか?
その判断を国民が正しく出来るのだろうか。

強国

強国になるのも難事だが、強国でありつづけるに至っては、並大抵の努力では成し遂げられない。

歴史上、強国になった後、すぐに崩壊する例は多数ある。
これは攻めの能力と守りの能力が、異なることに由来するためだろう。
多くの場合、初期の国家は攻めの人が強権を持つ。
しかし守りの能力が無いため問題を起こしてしまう。
それを防ぐために安定に入ると、かっての将軍たちを処罰するという悲劇も発生する。
そして最大の問題は内部で権力争いが起こること。

消極戦法

消極戦法をつづけるのは、誰にとっても容易ではない。忍耐力とて限度はある。

消極戦法によって得られるのは、せいぜい現状維持。
高いレベルならいいが、低いレベルでの現状維持は受け入れ難い。
初めは許せても、徐々に我慢できなくなる。
もちろん何かを待っている消極戦法には意味がある。
しかし残念ながら、ほとんどの消極戦法は「アイデアがない」が本音だろう。

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一人の人物

このペリクレスの死が、アテネにとって、いやギリシア全体にとって、終わりの始まりになるという想いは、誰一人として抱いていなかった。

国や社会がシステムではなく、結局人で動いているのが分かります。
また誰一人として、偉大さを知らなかったという点に注目したい。
誰もが「ペリクレスのおかげ」とは考えていなかった。
人に感じさせずに、よりよい方向に導く。政治家としては理想的。

民主と衆愚

「民主政」も「衆愚政」も、銀で鋳造されているということならば同じの、銀貨の表裏でしかない。

衆愚政は民主政の一状態にすぎない。そして民衆は自分たちが衆愚だとは考えない。
衆愚と考えないのは、「自分たちは正しい」と考えるから。
民衆が愚かな判断をし、愚かな行動をする。これを止めることは民主政では難しい。
残念ながら民主政を選んだ時点で、この欠点とは向き合わないといけない。

覇権国

覇権国は、他の国がやっているのだから自分たちもやる、では、覇権を維持しつづけることはできない。
他の国ならば考えもしない寛容なやり方で対処してこそ、覇権国でありつづけることができるのである。

覇権国とは、周りの国に影響を与える強国のこと。
強国のため、その気になれば力で抑えることが出来る。
そして、それがもっとも簡単な方法でもある。
しかし力で抑えるには限界があり、すぐに破錠するのは歴史的事実。
公平な寛容さ(甘さではない)が必要なのだが、これがもっとも難しい。

皮肉

若さは、老いる。未熟も、成熟に達しない前に枯れてしまう。
無知を知れ、も、学校の教科書と化して以後は、人々の心から柔軟性を失わせるのに役立っただけ。
この中で唯一変わらないのは、人間どもの愚かさだ。
これだけは、永遠に変わらずに存続する。

アテネの風刺喜劇作家アリストファーネスが、劇中の役者に語らせたこと。
肯定する気にはなれないが、否定できないのは残念だ。後は自己判断で。

好戦的と戦争

好戦的だから、戦争をつづけるのではない。
退くに退けない状態になってしまった以上は先に進むしかない、という想いが、戦争をつづけさせてしまうのである。

勝っているからもう少し勝ちたい。負けているから引き分けにまで持っていきたい。
引き分けだから、少しでも勝ちに持っていきたい。
これだけ被害を出したのだから、少しでも取り返したい。
理由はいろいろあるだろう。
しかし第三者から見れば、正しいことは誰にでも分かる。
おそらくは当事者も分かっているだろう。
ただ分かっているからといって、出来るわけではない。
人間の愚かさでもあり、面白いところでもある。

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始まりと結果

悪く始まり、悪く進み、最悪で終わった。

アテネによるシチリア遠征について、作者が考えたこと。
見ているだけで苦しくなりますね。こんなことだけには、なりたくないものです。

戦争と人類

人類は、戦争そのものが嫌いなのではない。
長期戦になり、しかも敗色が濃くなった戦争が嫌いなのである。

著者はこの言葉の前に、「残念なことではあるけれど」と書いている。
多くの人に「戦争は嫌いですか?」と聞けば、「嫌い」と答えるだろう。
そして太平洋戦争や日中戦争などは憎んでもいるだろう。
しかし日清・日露戦争はどう思っているだろうか?
少なくとも嫌っていないのではないか?
戦争という一点においては全く同じ。ただ期間と結果が違うだけ。
そのことから、まことに残念ながら著者の言っていることは正しい。

迷走

迷走しながら急坂をころげ落ちるアテネを救う手段は、神さえも見いだせない。

アリストファーネスが書いた喜劇「蛙」の結論になります。
落ちていない時には手段はいくらでもある。
しかし一度落ち始めると止めるのは容易ではない。
だから落ちないように、日頃から注意しないといけないのは誰もが知っている。
だたそれが出来ないのが、国であり人である。

正しさ

人間にとっての最大の敵は、他の誰でもなく、自分自身なのである。
アテネ人は、自分たち自身に敗れたのである。言い換えれば、自滅したのである。

ソクラテスの教えとして、最後に書かれていること。
外部からの攻撃だけで滅びた国は少ないと言われる。
ほとんどが内部の問題から瓦解している。
人は過去から現在まで同じことを繰り返し、未来も同じなのであろう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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ギリシア人の物語Ⅱ 民主政の成熟と崩壊

→ギリシア人の物語Ⅰ
→ギリシア人の物語Ⅲ
→ギリシア人の物語(アレクサンドロス)
→ローマ人の物語(ハンニバル、スキピオ)
→ローマ人の物語(ユリウス・カエサル)
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