「その日のまえに」の名言まとめました

「その日のまえに(重松清)」より名言をまとめていきます。

人の死は遠くにあると考えがちだが、誰もが突然おとずれる可能性を持つ。
日常にある死を問いかける短編集

なにか

なにもないよ。なにもないけど...なにかあるんだよ。
子どもってそういうもんだろ?

子ども時代に見たかった「ひこうき雲」について、父親が息子に話したこと。
息子には理解できなかったが、同年代の母親は理解してくれている。
子どもの行動は、大人には理解が難しいことがある。
意味が無いようにも見える。
しかし将来はともかく、その時の子どもにとっては大きな意味がある。
何もないことに意味を感じるのは、必要なことかもしれない。

記憶

記憶は消え去るわけではない。
「忘れる」と「失う」とは違う。

忘れる場合は、思い出すことによって元に戻すことが出来る。
失う場合は、何をしても元に戻すことは出来ない。
その時においては同じ状態でも、意味は全く変わってくる。

以下同文

ただ、たいした起伏もなく、「以下同文」と端折(はしょ)られてしまうような毎日が、ときどき怖くなる。

ほとんどの人の日常は、大した変化も無く過ぎていく。
細かく見れば全然違ったとしても、大枠で考えれば同じとなる。
この怖さの難しい所は、周りから見ると「幸せ」な状況の時に起こること。
平凡を「幸せ」と感じなくなることが、一番怖いことかもしれない。

突然死

準備期間なし。
「死」は突然訪れて、おびえる間も運命を呪う間もなく、昌史をさらっていった。

夫を突然死で失った、妻の気持ちになる。
交通事故や心臓発作のように、何の準備もなく突然訪れることがある。
逆にガンなどの病気のように、何年も継続した後に訪れることもある。
どちらがマシかは問題になるが、とても選べるものではない。
もし選べるとしたら、多くの人が経験したことの反対を選ぶだろうか?

犯罪

ほんとうは、俺もあいつも、誰かに見つかるのを待ってるのかもしれない。

万引きをする女性と、店員として見逃している元同級生のことになる。
心理的に分からないでも無いが、甘えているだけともいえる。
全くの他人ならいいが、関係する人だとすれば認めることは出来ない。

いつか

ただ、終わるよ。絶対に、それは終わっちゃうからね。
どんな終わり方になるかは知らないけど、とにかくいつかは終わるの。
そのことは、わかってたほうがいいからね。

先程の軽犯罪を繰り返す男女に対して、元担任教師が話したこと。
犯罪や不正を繰り返していくと、感覚が麻痺していく。
初めは考えてた捕まった時の心配も、回数を重ねるごとに薄まっていく。
しかし繰り返していけば、100%の確率でその時は来る。
捕まらずに止めることが出来たとしても、その不正は永久に残っていく。
その事実だけは知らないといけない。

言葉と経験

「胸にぽっかりと穴が開く」というのは、ただ言葉だけのものではないのだと初めて知った。

これは経験した人で無いと、本当の意味は分からない。
ここでは紹介だけにとどめておく。

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事故

誰のせいでもない。いまならわかる。
事故というものは、すべての巡り合わせが悪い方向に集まってしまったときに起きてしまう。

日常生活においても危険なことはたくさんある。
交通事故にしても、その前段階の「危なかった」ということは誰もが経験する。
それでも実際に最悪のケースに遭遇する人は稀である。
本当にタイミングとしか言えない...

なかったこと

なにも見てない、なにも聞いてない、と自分に言い聞かせ、「なかったこと」にしてしまう。

自分の知りたくなかった情報を知ってしまった時の行動になる。
事実と分かっていても、事実と認めなくないことは多い。
その多くが悪い方向に向かっていくのを知ってても、認めることが出来ないことがある。
非難する気持ちにはなれない。
むしろ人間らしいかもしれない。

「いる」ことの意味

でも、母ちゃんは「いる」──それだけで、いい。
うまく言えないけど、母ちゃんの役目は「いる」ことなんだと思う。

会話が有ろうと無かろうと、家の中に誰かがいるという感覚は大きい。
また一人暮らしでも、「別の場所に住んでいる」だけでも全然違う。
「いる」という意味は限りなく大きい。

くだらないと感じる幸せ

くっだらない番組を「くっだんねーの」と笑いながら観られるのは、じつはすごく幸せなことなのかもしれない。

この言葉の本質は「くらだらない」ことでは無いと考える。
「くだらないことで笑える」感覚が残っていること。
楽しく笑える内は、何が合っても大丈夫なのかもしれない。

気づき

あとになってから気づく。
あとにならなければわからないことが、たくさんある。

当時の気持ちと、その時を振り返った時の思い出の感情が一致しないことがある。
不幸と考えていた時代も、思い出とすれば楽しかったと感じることもある。
状況というのは、実際の本質とは異なることもある。

再会

あのね、昔と同じものに再会したいわけじゃないんだな、って。
逆に再会できないほうがいいっていうか、もう会えないんだっていうことを確かめたいっていうか...
みんな幸せにやってるよね、って言いたいんだよね、要するに。

昔に住んでいた場所に来た、余命短い女性の言葉になる。
思い出として変わって欲しくない気持ちはある。
しかし変わっていることを確認したい気持ちもある。
その場所に住んでいた時の気持ちが、大きく作用するのかもしれない。

絶望

だが、絶望というのは、決して長くはつづかないのだ。

本当に絶望するのは、膨大なエネルギーがいる。
そのため翌朝にはスッキリしてる場合すらある。
1日ならともかく、1周間連続で絶望することはむしろ困難である。
精神的に苦しい状態が続いているなら、さらに落とすことも手の一つになる。

考えること

考えることが答えなんだと、わたしは思ってます。
死んでいくひとにとっても、あとにのこされるひとにとっても。

終末医療に関わっている看護師の言葉になる。
正しい答えなんて、あるはずがない。
大勢の人が間違いと言っても、その人にとっては正しい選択の場合もある。
考えるという行為自体に、意味を持つことが大切となる。

感想

内容的に面白いという表現は不適切かもしれない。
しかし引き込まれるのは間違いのない事実となる。
「死」は考えたくないテーマだが、誰もが考えなければいけないもの。
同じ経験が有る無しに関わらず、何かを感じることが出来る一冊です。

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その日のまえに (文春文庫)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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