「海賊とよばれた男」の名言まとめました

海賊とよばれた男(下)

利益を求めない時の利益とは

だから今日、国岡が融資の相談に来たと知ったとき、額がどれだけになろうとも融資をしようとその場で決めたのだ。
東京銀行が融資する四千万円が、佐世保で働いていた若者たちの力になるのは喜びだった。

国岡からのとても実現できない融資の依頼に対して、即決で結論を出した東京銀行の担当常務の独り言になります。
計算ではなく感情で動いている。「銀行員として正しいのか?」は別にして実行している。
国岡商店の利益を度外視した、タンクの底をさらう若者の作業を見た時、感情が既に動かされていた。
それにより国岡が来た時、「融資ありき」と決めていた。
もちろんこれはただの美談であり、実際に起こる可能性は少ない。
しかしこういう人がいるのも、また事実。利益は望めなくても必要な作業がある。
非常に難しいが、それを行うことが何かを生むのかもしれない。

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ひとりの正義とは

たとえ九十九人の馬鹿がいても、正義を貫くひとりがいれば、けっして間違った世の中にはならない。
そういう男がひとりもいなくなったときこそ、日本は終わる。

細かい箇所は省きますが、大勢の中で唯ひとり不条理な決議に対して反対を行った官僚に対して、鐵造が語った言葉になります。
組織の中では、正しいことではなく都合の良いことに決定する。
それは良し悪しではなく、みんなにとって都合の良いこと。
またそれは、反対者や少数は切り捨てる考えでもある。それが間違っているわけではない。
それを間違いというのは、多数決を否定することになる。
ただ知っておきたいのは「多数決の結果が正しいわけではない」

利益よりも必要性を求めること

われわれはもう一度タンク底に戻るべきではないかと思う。
日本は今、重油を必要としている。そのために国岡商店は立つ。利益を考える必要はない。

原油の価格が上がっており、輸入しても利益が出ない状態になっている。
しかし鐵造は、利益はなくとも日本として重油が必要だからと輸入を決断している。
結果としては損失を出している。
会社として苦しい時に、この決断をするのが正しいのかは分からない。
同じ行動をして、倒産したら意味がない。
これは美談ですし私自身も好きですが、結果が悪ければ単なる笑い話になる。
ただ冷静な判断と計算の後、より多くの人のために決断出来るなら凄いことだ。

情報量について

いや、もうすでに十分すぎるほどの情報を得た。
これ以上慎重を期すれば、時宜を失う。コフマンが言っていたように、時は今だ。

他の重役たちが慎重になっている時の、鐵造の言葉になります。
日本の組織は情報を重視する。
しかしその情報は、質ではなく量を重視するように感じる。
情報が多いことが悪い訳ではない。ただ多ければ、混乱の原因になることもある。
不安を解消するために打ち合わせを行い、情報を収集ばかりしていると、何時までたっても不安などはなくならない。
そしていつもでたっても、決定出来ないことになる。
情報は必要なものを必要なだけ収集すればよい。
それ以外は、作業を進めながら必要に応じて追加していけばいいだけだ。
今回の鐵造のように、トップの一番大切な仕事は決断になる。

皆が恐れること

皆が恐れるからこそ、行くのではないか。リスクのない商売はない。

大勢と違うことをする、それは勇気がいる。まして危険を伴う場合はなおさらだ。
もちろん勇気と無謀は違う。今回の場合は無謀と言っていい状態だ。
本来ならするべきではないが、当時の国岡商店は外部勢力により苦境に陥っている。
それを打破するため、これは勝負に出るべきと判断している。
リスクのある仕事は、トップしか決断出来ない。

それぞれの責任の取り方について

あきらかに法令遵守に反する行為だったが、間淵は「これは日本のためだ」という信念で遂行した。
事前に倉八に相談すると、後に問題になったとき、彼の責任問題になると思い、すべて自分で責任を負うと決めて独断でおこなった。
しかし倉八は間淵がやっていることは全部知っていた。
露見すれば、自分が間淵に命じてやらせたと言うつもりだった。

何を行ったかはここでは伏せておく。
一人の官僚が日本のためとして法令違反をしている。またそれを知っている上司がいる。
それぞれが自分で責任を取る覚悟で行っている。
ここで考えないと行けないのは、単純な美談としてではなく「日本のため」や「組織のため」に法令違反をしてもよいかということ。
結論だけを言えばもちろんダメ。
しかし法令というのは、いつの時代でも正しいわけではない。
明らかに問題があることもある。
そのため周りが認めるような違反を、否定することは私には困難です。

国岡と船長の会話

(国岡)「イランのアバダンに行ってもらいたい」
(新田)「ああ、行きましょう」
(国岡)「今回の航海は今までの航海とは違う。万が一のときは沈むかもしれない」
新田はにやりと笑うと、髭を指で撫でた。

新田は当時国岡商店のタンカーである日章丸の船長です。
その新田に対して鐵造が、危険なイランへの航海を依頼した時の会話になります。
大変な依頼なのにお互いに当たり前のように話している。
依頼する鐵造もそうですが、新田も自然に受けている。
新田には戦時中に敵の攻撃により沈没した経験があり、その度胸がこの返事をさせている。
良くも悪くも、経験というのは人を大きくする。

トップ対談

(バート)「あなた方がわが社から買いたい原油の量と価格を、ここに書いてほしい」すると鐵造は丁寧にそのメモを押し返して言った。
(国岡)「あなたがたが、われわれに希望することを書いてもらいたい。どんな希望でも叶えたい」
(バート)「われわれは素晴らしい取り引きができそうです」
(国岡)「私もそう思います」

アメリカで石油大手の会社と打ち合わせ時の会話になります。
実際には内面描写がありますが、ここでは省略している。
本来なら下手に出て「売ってください」という立場になる。
しかし鐵造は、同格であり「お互い協力しましょう」という姿勢で取り引きを行っている。
本来なら、会社に大手も中小もないのだから、当たり前の話である。
しかし実際は非常に難しい。
どうしても目の前のことでいっぱいになり、「認めてもらう」という姿勢になる。
偉そうにするのは論外だが、卑屈にはなりたくないものです。

出来の悪い社員に対して

しかし、出来が悪いというだけで家族の縁を切ることがないように、国岡商店も首にはしない。
むしろ、そういう店員をいかにして教育していくかということが会社の使命ではないかと思っている。
出来の悪い社員を辞めさせ、すぐれた社員ばかりでやっていく、これを少数精鋭主義と呼んで尊重する風潮もあるが、そんなものは私に言わせれば、単なる利己主義である。

この考え方が成り立つには、上に立つ人への信頼感がすべてと考えている。
もしトップが誤魔化すような人なら絶対に不可能。すぐボロがでるでしょう。
逆にトップがしっかりしていると、自浄作用で成り立つことが可能になる。
また能力に関係なく首にされないという安心感が、希望に答えたいという社員側の気持ちを上げるとも考えられる。
現代の大企業では難しいかもしれない。
しかしこれぐらいやらないと、現状を打破するのは困難かもしれない。

契約での会話

(ベネマ)「規模と予算を伺った上で、設計と見積もりを出します。このような大きなプロジェクトの場合、最終的に契約内容の合意にいたるまでは、最低でも半年、普通は一年はかかります」
(国岡)「双方の信頼関係さえあれば、そんなものは後からでも十分。私はUOPを信頼しています。いますぐ仮契約を結びましょう」

ベネマとは、アメリカの石油精製技術の開発専門会社の社長になります。
初対面の会社とこのような商談をするのは、かなり強引だ。実際は困難だろう。
大きな会社が小さな会社に命令するならともかく、依頼する側とはいえ東洋の小さな会社からこのような話をされても、本来なら軽く足蹴にするところ。
このように当たり前に話し、そして実際に仮契約するのですから、そこには目に見えない人格が出ていたとしか言えない。

保険会社に対して

保険金で儲けようと思うことがあってはならん。
君は保険会社に行ったら、まずはお詫びの言葉を述べなさい。
そしてこの仕事をやりとげるためのベストを尽くしなさい。

部下が仕事に失敗したが、保健を掛けていたため請求を予定していた。
周りがより多くの保険金を得ようと考えていた時に、鐵造が語った言葉になります。
保健は掛けていても、何もなければゼロになる。
そのため損害が発生したときには、いかに多くの保険金を得るかと考える。
しかしそれは良くないと鐵造は考えている。
確かに自分が保険会社の立場なら、と考えれば分かります。
適正な処理をしたいと考えている時に、法外な要求をしてきたら反発したくなる。
逆に適正な要求をしてきた時、自分の出来る最善を尽くしたいと考えるのが人情というもの。
それを持っていない保険会社だった時、初めて対決姿勢を出せばいい。
正直なのはいいことばかりではないが、そうありたいものです。

言われたことのない言葉

自分は三十九年も仕えてきたにもかかわらず、一度も言われたことがない言葉がある。
それは、「儲けよ」という言葉だった。

長年鐵造に従えてきた人が語った言葉になります。
この言葉にすべてがある。会社は「儲けてなんぼ」というのが常識です。
しかし、「儲ければよい」という訳でもないのも常識です。
利益は求めなければ得られない。しかし、利益だけを求めても得られない。

感想

この表現は好きではないが、戦前戦後を生きた人は凄い。
もちろんここで出てくる人は全体の一部である。
そうでない人の方が多数いるため、今回の小説が出たことも理解はしている。
無茶をした人はたくさんいると思うが、ここまで自分に正直に生きて、そして達成するというのは感心するばかりだ。
現代において国岡商店があれば、間違いなく「ブラック企業」の烙印を押される。
そこから考えますと、ブラック企業には二種類あることになる。
ここでは、これ以上書くのは止めておく。
とにかく爽快な作品であり、読むと少しだけ仕事がしたくなるかも?

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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