「R帝国(中村文則)」の名言まとめました

「R帝国(中村文則)」より名言をまとめていきます。

R帝国

HP(エイチピー)

乗客たちは落ち着かなくなる。
会社までの一時間半、HPなしでどう過ごせというのだろう?
学校までの30分、どう過ごせと?
乗客達が僅かに動く衣擦れの音、微かに乱れる呼吸で空気がざわつく。

HPというのはスマホの進化版のイメージ。
通勤途中の電車の中、突然ネットに接続出来ない状態となる。
自分なら、「あー、つながらないんだ」ぐらいだが、人によっては「どうしよう?」になってしまう。
もし現在の環境から、スマホが無くなったらどうなるんですかね?

世界の出来事

世界の出来事に偶然はない。

野党議員が語った言葉になります。確かに予想外のことはある。
しかしあらゆる物事にはバイアスがかかり、また予想外であっても、可能性としては考えられている必然と言えるでしょう。
「しかたがない」という言葉は、実は使ってはいけない言葉なのかもしれない。

世間は?

どの意見が本当か。世間はこの問題をどう思っているのか。
恣意的な炎上と防止で国民は混乱した。
他者がどう思っているのか、気になってならなかった。

現代社会ではテレビや新聞はもちろんだが、ネットの個人的な発信や口コミなどが強い影響力を持つ。
そしてあらゆる問題に、賛成と反対意見が出て来る。また、多数派と少数派に分かれる。
ここで最初に書かれている、「どの意見が本当か」という言葉に注目したい。
ここで書かれている「本当」とは「事実」のことでしょうか?
私は違うと考えている。
ここでいう「本当」とは「周りが正しいと考えていること」になる。
事実や真実よりも「同調性による仲間意識」が優先されるのはしかたがないのでしょうか?

スポンサーリンク

責任転換な人

「本当なの? ここが狙われないっていうのは。つまり奴らの聖書があるから?」
「確証は持てません」
「待てよ。お前らがそう言ったから俺ら来たんだよ。大体そんなことで狙わないなんて変だろ?」
「...別に私達は強制などしていません。今から出ていってもらっても構わない」

Y宗国が攻撃してきた時、ある建物に避難した人々の会話になります。
別にその人と契約をしているわけではなく、もちろん金銭のやり取りもない状態なのに、人を非難する人がいる。
勝手に信じて行動しただけなのに、発信者を非難する人がいる。
不安や実際に被害にあった場合、非難したくなるのはわかる。
しかしそれは、自分の「おろかさ」だと気づきたいものです。

正しい行動

動機はどうあれ、正しさの実行と思われる行動を、それをしない自分への批判と捉える人間達がいる。
そう捉える人間達が、なぜか近頃増えている。

少しこれだけでは理解が難しいかもしれません。
例えば、電車で年配の人に席を譲った行為を見た場合で考えてみます。
中には、「何、かっこつけて」と考える人がいる。
ここでは、このような考え方について書かれている。
また逆に人前で大袈裟に褒める人がいる。これはどうでしょうか?
普通の見方で考えれば、正しい行為だと思います。
しかし裏を返せば、「このような行為をした人物を褒めている自分」
と考えて、自分のために転換していると捉えることができます。
もちろんこんなことを相手に言ったら、猛烈に怒るでしょうけどね?

違和感の存在

本当だろうか?
でももっともらしい言葉に、子供の私は黙った。もっともらしい言葉。
以後、私達はこういったもっともらしい言葉の渦の中で生きることになる。
私の中にはいつまでも違和感が存在した。

難民としてR帝国にたどり着いたアルファの言葉になります。
言っている本人が信じている言葉は、もっともらしく聞こえる。
正しいか間違いかは問題にはならない。
そして、それを間違いと感じても反論することは難しい。
なぜなら、正しさというのは人それぞれだからです。
正しさを通り越して「正義」を語る人の言葉には、常に疑問をもって聞きたいものです。

スポンサーリンク

人の扱い

でも働いている時はいいが、働けなくなった者に対してこの国は冷たい。

一緒に来ていた叔母が働けなくなった時、アルファが感じたことになります。
難民として低賃金でも働けるうちは良かったが、働けなくなった途端に対応が厳しくなったことに対して非難している。
本来は「人」として見なければいけない所を、「価値」として見るとこうなってしまう。
しかし国で支えるということは、そこに住む人で支えるということ。
立場によって意見が変わるのは仕方が無いのでしょうか?

批判の実際

彼の言葉を、矢崎は聞きたくなかったのだった。
なぜだかわからないが、そうやって大きなものを批判することが、そもそも自分達の負けを意味しているように思えてならなかった。
矢崎はいつも黙っていた。

施設で育った子供時代に考えていた矢崎の言葉になります。
大きな力に対して、真正面から批判することは困難です。
だから見えないところで、影響力が無いところで人は批判する。
意味のない行動なのに人は批判をする。
理由は簡単。自分が偉くなったように感じるから。
しかし、本人はそんなことは感じずに真面目に言っている。
逆らうと面倒くさいし、黙ると何故か自分が攻撃されるので関わりたくないものです。

偽善に満ちた言葉

どうだい! この偽善に満ちた言葉を!
誰もが自分達の身が可愛いから賛同しているとは思っていない!
そう思いたくないから、別の言葉を吐き続けている!

本作に登場する権力者の言葉になります。
作中には具体的な言葉が書かれているが、ここで書くと長くなるので省略している。
テロ組織に人質を取られた時の、世間の言葉を思い出すと大体分かるでしょう。
そしてこの言葉は、自分もしくは知っている人と関係があるかで全てが変わる。
もし自分が人質なら、「自分に構わずテロに屈するな」という人はいるかもしれない。
しかし自分の身内が人質なら、この言葉を言うのは困難でしょう。
もしくは、どちらを言っても非難の対象となるでしょう。
第三者というのは気楽なものです。

兵器の見本市

他所の土地では、あんな旧式な兵器は使えない。
...戦争は、そのまま兵器の見本市でもあるから。
...戦争は、各国の最新兵器のアピール合戦の場になる。
他国から、その兵器が有効と思われれば、大量に輸出できるからねビッグ・ビジネスだ。

R帝国がコーマ市奪還のために使用した兵器について。なぜ旧式なのかは...
軍需産業という言葉があります。
簡単に言えば、人殺しの武器を作って儲けている産業です。
しかし、立派な大義名分がある。いうまでもなく「自衛」です。
残念ながら人にある欲求が消えない限り、軍需産業が廃れることはないでしょう。

スポンサーリンク

叫び

そうやって生きて、楽しいか。
こんな事態を招いてまで、この世界は存続する価値があるのか?
世界は間違い続けているのに、お前達は生きている。
いつまで私達を犠牲にするつもりだ。私は認めない。お前たちを認めない。

常に虐げられて生きてきたアルファの叫びになります。
裕福な人は、貧乏な人の努力により成り立っている。
一般的な生活を送っている人も、より貧乏な人により成り立っている。
低コストは低賃金から成り立っているから。
確かに、努力によりコストを下げることはできる。
しかし日本で言えば、「コストの低い外国で生産する」は常識になっている。
「現地の人の収入」と言えば聞こえはいいが、事実としては低賃金で働かせている。
周りとの比較で少し高くても、それは微差の問題です。
「それぞれの立場によって、それぞれの正義がある」という現実は紛れもない事実として存在している。

事実について

事実? そんなものに何の意味がある。

あるネット民の言葉になります。これだけでは分かりにくいので少し考えてみる。
満員電車で男の人の手が女の人のお尻に触れたとします。
まず事実としては、書いている通り「触れた」だけです。
しかしそれぞれの立場の真実は、男の人は電車が揺れた拍子に当たっただけであり、女の人は触られたと不快に感じているとします。
それで話を戻します。事実の意味です。
ネット民にとって、それぞれがどのように感じているかなんて興味はない。
男の人を攻撃したい場合は、「痴漢をしたくせに言い訳をして」となりますし、女の人を攻撃したい場合は、「偶然当たっただけなのに自意識過剰で無実の人を痴漢扱いしている」になります。
簡単に言えば、人を非難もしくは攻撃したいだけなので、事実なんてどうでもいいのです。
もちろん、こんな人は少数です。しかし日本人だけでも1億人以上います。
例え1%でも膨大な数になり、大事になる。

幸せアピール

ネット上の膨大な「幸せアピール合戦」を眺めていると、Cは自分も含め皆がなぜか気の毒に思え、何だかこれは逆に絶望なのではないかと感じることがある。
芸能人でさえ自分の幸福をやたらアピールする。

匿名Cの独り言になります。
一般の人でもみんなの注目をあびることで収入につなげたり、芸能人でも人気をつなぎとめるために日常をアピールするのはわかります。
しかし、ただ自分のアピールのためだけにネットに「幸せです」的な写真をアップするのは、正直理解できません。
だた「理解できない」なんて言っている人は、周りの人から疎外される。
子供時代なら、いじめに合ってもおかしくない。
周りに合わすのが、最低限の自己防衛と考えれば理解できる。

内面の葛藤

この薬を飲めば君は変わることができる。国家万歳と叫ぶのに恥ずかしさも感じなくなる。
他国の利益を奪い発展していくことに厚かましさも感じなくなる。
...つまり、そこまでして生きるほどこの世界は価値があるのかなどと考えなくなる。

過去の記憶と自分に対する葛藤がなくなる薬と考えて下さい。
この薬の存在と言葉を読んで、どのように感じたでしょうか?
自分が飲むことを考えると怖いです。今後の人生を、自分の全てを否定することになるから。
ここで少し話を変えます。全国には鬱患者がたくさんいる。
その人達は過去の失敗にこだわり、現在の行動に自信がなく、未来に対して絶望している。
しかしそれは心の問題であって、実際はもっと簡単にものごとが進んでもおかしくない。
そのような人にとって過去のこだわりを無くし、現在に自信が持てる薬とも言える。
これが正しいとは私も考えていない。
しかし間違いといい切れるほど、否定出来ないのも事実です。

スポンサーリンク

強い国家

人々は強い「国家」と自己同一化を図ることで、自信を回復し、自分まで強くなったような感覚を覚える。
非国民、他国民、他人種を差別することで、自己を特別化する優越感を求めるようになる。

現在の日本では、「国や人種で差別はしていない」と多くの人が言いますが、本当にそうでしょうか?
心の底から本当にそう思っているでしょうか?
「日本人は優秀だ」的な発言を聞いて、どの様に感じていますか?
また国レベルからグレードダウンさせると、さらに多くの現実が見えてきます。
あなたは、「我が社、我が母校」などと言ったことはありませんか?
別に一流企業でも国立大学でも、働いているもしくは卒業しただけでその人自体が特別なわけではない。
自信を持つのはかまわないが、勘違いはしないでほしいものです。

「L」の目的

「L」の目的は「党」の打倒じゃないです。
本当の民主主義を実現して、貧困を減らし、戦争をなくし、真の報道の自由を確保し、利権団体を解体し、多様化を認める風潮を世界に実現できれば「党」が存続してたって別にいい。
つまり、目的が第一です。

反抗勢力である「L」の目的になります。
立派な考え方ですし、そうあって欲しいと思います。
しかし残念ながら、そのようにはなりません。
いろいろな理由は考えられますが、一番大きいのは自分たちが「正義」であり、正しいと考えていることです。
当初の目標通り、「悪?」の勢力を打倒出来たとします。
そして多くの人に自由を与えたとします。さて人々は喜ぶでしょうか?
もちろん一時的に興奮状態のように喜ぶでしょう。
しかし自由を与えられるということは、責任も持たなければならないという現実を突きつけられます。
そして責任に対する不満が頻発し、当初の崇高な理念など関係なく対立構造が生まれ、社会が混乱していきます。
私自身として管理社会を支持しているわけではありません。しかし、管理社会は楽なのです。
これは自営業という自由と、会社員という管理体制のどちらが多くの人々に好まれているかで分かると思います。
本当に社会の体制というのは難しい。

緊急事態国民保護法

緊急事態国民保護法が厳密に施行されたことで、戦争を否定する言論は当然、「国民安全法」違反の取り締まり対象になった。
戦争に反対することは自国の一体感を動揺させることであり、敵国の思う壺であり、一刻も早い逮捕が要求された。
「党」のサイトでは、そのような人間の情報提供が呼びかけられ、誰もが気軽に密告できるようになっている。

戦争状態に入ったR帝国の法律についてです。
イメージとしては暗黒の時代に入ったという感じでしょうか?
日本ならマスコミが総批判するような感じでしょうか?
しかし、今のマスコミは何を言っても批判されることはあれど、直接的な被害を受けることはありません。
しかし非常時に見せしめ的に一社潰された場合、他社は批判を続けることは出来るだろうか?
批判を続けているマスコミを国民はきちんと判断して評価することが出来るでしょうか?
私には、ものごとが悪化するイメージしか湧きません。

スポンサーリンク

関連記事&スポンサーリンク