「おらおらでひとりいぐも」の名言まとめました

「おらおらでひとりいぐも(若竹千佐子)」より名言をまとめていきます。

74歳、一人暮らしの桃子さん。夫は亡くなり子は家を出て、孤独な日々を過ごしている。
しかし、その先に見つけた新しい境地とは?
第158回芥川賞受賞作品です。

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なにしろ桃子さん以外とんと人の気配の途絶えたこの家で、音は何であれ貴重である。
最初は迷惑千万厭うていたが、今となればむしろ音が途絶え部屋中がしんと静まり返るのを恐れた。

一人暮らしの桃子さんが、ある音が聞こえた時に考えたこと。
一人の時の静寂は、やっぱりイヤなもの。だから見なくても、テレビをつけることがある。
今でもそうだから、年を重ねるとさらに気持ちが増すのだろう。

年のせいだべか。いや違う。何もかも年のせいにするのはよくない。

もの忘れが多くなったら、年のせい。足腰が弱くなったら、年のせい。
気弱になったら、年のせい。本当に、何でも年のせいにするのはよくないですね。

逆算

これからは常に逆算して、ものを考えなければならないのであって。

若い時は、未来は無限と感じる。しかし年を取れば、ある程度の未来は予測できる。
と今までは思われていたかもしれない。
しかしこれからは年を取っても逆算ではなく、長い未来を想定したほうが良さそうな気が。

繰り返し

同じだ。たいていのことは繰り返すんだな。ばっちゃとおらは七十年隔てた道連れだな。

好きでも嫌いでも、家族は似てくるもの。未来の自分が見えるのは、良いのか悪いのか?

夜がまた来る、思い出つれて。

ある歌の一節として紹介されている。
調べると、小林旭の「さすらい」という歌に同じフレーズがあった。
いろいろな意味が凝縮されている。

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寄り添い

自分に寄り添ってくれるのは所詮忍び寄る老いだけ。

ずいぶん寂しい言葉です。こんな気持だけにはなりたくない。

若さ

何にも、何にも知らなかった。若さというのは今思えばほんとうに無知と同義だった。

若い時は、未来の不安を知らずに生きていける。
年を取ると、今の不安を思ってしまうのだろう。
しかしこれを若者に諭さないでほしい。正直言って、うっとうしいだけだから。
知りながら語らず、それでいて見守るようなお年寄りになりたい。

子供

子供に仮託してはいけない。仮託して、期待という名で縛ってはいけない。

自分が出来なかったことを、子供に期待する。
このように考える親は多い。しかしこれは親の横暴だ。
自分が出来なかったのと、子供がすることに関連性はまったくない。
気持ちは分かるが、勝手に期待して勝手に失望するのは止めたほうがいい。

親と子

だいたい、いつからいつまでが親なんだか、子なんだか。

正直、何を言ってるのか分からない。死ぬまでその関係性は変わらない。

孤独

人はどんな人生であれ、孤独である。

これを見ると、「孤独とは?」と考えてしまう。
見た目の感じなのか?
心の感覚なのか?
多くの場合、一人の人を見ると孤独と言われる。大勢でいる人を見て、孤独とは言わない。
しかし孤独を感じているから、大勢の人といるかもしれない。
一人でいても孤独を感じているとは限らない。

おもしろさ

おらのおもしぇごどが人におもしぇど思えない。
だっで人が話すごどおらにはさっぱどおもしぇぐねぇのだもの。

自分と他人では、おもしろさの感覚が異なる。これは当然のこと。
このことを理解している人は、話すことが少なくなる。
理解出来ていない人は、何でも話してしまう。
人付き合いが良い人は、分からなくても笑うことが出来る。

大事な存在

ほんとは子供より自分がだいじだったのだ。

多くの人が子供が大事と言う。
しかしもしかしたら、子供という存在がいる自分が好きなのかもしれない。
このことについて、本音を語る人は少ない。

空っぽ

空っぽうが空っぽうのまま歩いている。

これは悪い意味ではない。意外と何も考えなくていいのは、幸せなもの。
空っぽうの状態になれるのは、うらやましいこと。
ほとんどの人は、不安や不満を抱えている。

役割

子供も育て上げたし。亭主も見送ったし。
もう桃子さんが世間から必要とされる役割はすべて終えた。

これはさらっと書いているが、けっこう問題発言では?
言い方を変えれば、結婚もせず子供もいない人は、世間から必要とされていないことになる。
これはあくまで、本人が不要になっただけ。
自分の能力の無さを、全体として書かれるとイラつく。

意味

意味さえあれば。我慢もできる。

意味は、目標や目的とも言い換えれるだろう。
無意味もしくは不要なことで我慢は出来ないですからね。

期待

いつか桃子さんは人の期待を生きるようになっていた。

多くの人が同じように生きている。そして多くの人が、このことで苦しんでいる。
人の期待とは、人からの評価のこと。
相手に善し悪しを委ねてしまうと、自分が無くなってしまう。

道連れ

独りは寂しさが道連れだよ。

なんか物悲しいですね。ただこれも個人差があるので、ご自由に。

人恋しい

おらは人とつながりたい、たわいない話がしたい。
ほんとうの話もしたい。ああそうが、おらは、人恋しいのが。

年を取ると、この感覚が大きくなるのだろうか?
それとも誰もが同じ感覚だろうか?
これだから、お年寄りの話はとりとめもなく長い。

感想

まず最初に芥川賞を取ったので、読む気になった。色々なところで絶賛もされている。
しかし個人的には、これの何がいいか分からない。老人の独り言や心の声が続くだけ。
もしくは普通の人の、人生の日記を読まされている感じ。
孤独をアピールしているが、近く娘もいるし孫もいる。そして頻繁に会いに来ている。
何よりこの小説を読んでる途中に、喜怒哀楽の感情がまったく湧かない。
もしこの小説が東北弁以外で書かれていたら、何も感じないだろう。
東北弁の力が、何となく郷愁をさそっているだけ?
とは言え絶賛されているのだから、自分の感覚がおかしい?
自分が老人になった時、改めて評価を考えてみよう。
いろいろ文句を書いてしまったが、多くの人に評価されているのは事実。
老人の独り言と、東北弁が好きな人にはおすすめかも?

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞
若竹千佐子
河出書房新社
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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