「カエルの楽園」の名言まとめました

「カエルの楽園(百田尚樹)」より名言をまとめていきます。

平和だった国が、突然地獄に変わった。
凶悪なダルマガエルの群れがやってきたときから、そこに住むアマガエルのソクラテスに安息の日はなかった。
新天地を目指して旅に出たソクラテスは、争いのない国に巡り会う。
その国の名は「ナパージュ」。
ナパージュでは「三戒」という三つの決まりごとにより、平和が保たれていると全てのカエルが信じている。
そのナパージュに、身体が大きく残忍なウシガエルが押し寄せてきて。
「平和とは?、思想とは?、決まりとは?」を考えさせられる一冊です。

運命

これがわしらの運命だ。
お前たち若いものは知らないだろうが、こういうことは繰り返しあることなのだ。
この運命に逆らうことはできない。ダルマガエルはいずれどこかへ去る。
わしらは、ただ、その時を待つだけだ。

ソクラテスが住んでいる国の長老の言葉になります。
ダルマガエルから被害を受けても、国が危険になっても、ただ受け入れている。
戦っても敵わないから、ひたすら身を潜め、被害にあってもただ受け入れる。
老い先短く、新しいことをする気力が無ければ分からないでもない。
しかし、自分としてはとても受け入れることはできない。

世界の国

あなたは世界を旅してきたと言われた。そんなあなたに訊きたい。
世界はこの国よりも安全だったかね?

ソクラテスが旅の途中で出逢った、ある老アマガエルの言葉になります。
この国も恐ろしいヒキガエルが収めている。しかし、世界はもっと恐ろしいと考えている。
ソクラテスも旅での危険を思い出し、言い返すことは出来ない。

旅の結論

世界は広いかもしれないが、どこも同じだ。これは狭いと同じだよ。
もうどこへ行っても変わらない。

一緒に旅に出た仲間が語った言葉になります。
アマガエルという弱い存在である限り、安住の地など無いとの結論になっている。
必ずしも正しくはないが、間違いのない事実でしょう。

他国への対応

助ける? どうやって? それはわしらに関係ないことだ。
余計なことをしてウシガエルを怒らせたりしたら、いいことはなにもない。
ナパージュのカエルは、他のカエルたちの騒動には関わらないのだ。

ナパージュに住んでいる年老いたツチガエルの言葉になります。
他国で他のカエルが被害を受けても、自分たちに被害が及ばなければ関係ないという考え方。
人に当てはめて考えてみると、関わらないという権利はある。
間違ってはいないが、とても正しいとは思えない。

デイブレイク

力はありませんが、カエルたちの心を?んでいます。
元老はカエルたちによって選ばれますが、カエルたちに誰を選べばいいのか教えているのはわたしです。

ナパージュで一番の物知りであるデイブレイクの言葉になります。
元老とは国民から選ばれた、国の方針を決めるメンバーです。
普通なら、こんなことを言うだけで信用出来ません。
しかし口が上手いため、自分で考えない人は別。
これは言っている方が悪いのか、聞いている方が悪いのか?

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争いとは

たしかに争わなければ争いは起こらない。
ただ、その場合は争いとは呼ばず、単なる虐殺という。

ナパージュに住んでいながら「三戒」を信じていないハンドレッドの言葉になります。
プロイセンの参謀で「戦争論」の著者でもあるクラウゼヴィッツが次のように言っている。
「戦争は防御によって起きる」
勘違いされがちですが、攻める側も戦争をしたいわけではありません。
ただ相手に要求を飲ませるために力で脅しているだけです。
「お前らが反撃するから被害が出たのだ!」と強弁できる。
理不尽なことですが、事実でもある。

信じること

それは知らないけど、デイブレイクがそう言っているから、間違いないと思う。
デイブレイクが嘘をつくはずないもの。

ナパージュに住んでいるアマガエルのローラの言葉になります。
話の内容ではなく、誰が言っているかで話の正否を決めている。
知らないことを人に聞くのは悪くない。しかし、判断は自分で行いたい。

好き嫌い

「それなら、なぜみんなに嫌われているのですか?」
「デイブレイクに嫌われているからだ」

体は大きいが、心優しいツチガエルの兄弟が嫌われている理由になります。
本人自身では判断せず、誰かの考えに乗っかっている。
第三者から見れば、バカバカしいことです。しかし現実には、意外と多い事実である。

他国の自由

南の沼はウシガエルたちのものだ。彼らがそこで何をしようが、彼らの自由である。

ウシガエルは強いことを利用して、他のカエルに危害を加えている。
そのことに追求された時の元老の言葉になります。
自由は守られるべきである。しかし他者の自由を奪う自由は、本来認められない。
と言って、話して分かる相手でない。
この言葉に反論して、解決するのは困難である。

守るべき順位

「何があっても三戒を破ることだけは許されない」
「ナパージュが危なくなってもですか?」
「そうだ」

争わないと決めた決まりごとは、たとえ危なくなっても守らなければいけないと言っている。
これは元老同士の会話です。
「危ないからと言って、対応していては相手を刺激する」。
けっして間違ってはいない。
しかし、それは相手が攻撃の意思がない場合であり、攻撃する場合は、対応の不備が返って攻撃の意思を助長する。
「どちらが正しいか?」ではない。「どちらが『今』正しいか?」である。

会議の回数

「一回では足りない!」
「では、何回会議をすればいいのですか」
「十分に話し合うことが大切だ」

よく聞く話です。そしてバカバカしい話でもあります。
会議の結果を回数で判断するなんてありえない。
まして「十分」などの、曖昧な表現もありえない。
しかしこのような言われ方に、反論が難しいのもまた事実。

嫌われ者?

ナパージュのカエルたちに嫌われているのはたしかだね。
でも、だからといって、とんでもない奴かどうかは、ぼくにはまだ判断がつかない。

ある元老を人気者のカエルが悪く言い、周りにいるカエルも喝采を送っている。
それを見ていたソクラテスの言葉になります。
人の価値と好き嫌いに関連性は無い。いかに素晴らしい人でも嫌いと思っている人はいる。
周りに影響力がある人の言葉が正しいわけでもない。
人を判断する時、第三者の意見は参考程度にとどめたい。

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話し合い

「しかし、ウシガエルたちが大量に南の崖を登ってきたら、わたしたちはどうやってそれを防ぐのですか?」
「簡単なことだ。話し合えばいい」

元老同士の会話になります。現実に遭遇していない時は何とでも言える。
しかし力強き者が攻めてきた時、力弱き者の話を聞くわけがない。
それぐらいなら、初めから攻めてこない。話し合いは攻めて来てからでは遅すぎる。

矛盾

話し合いなど無駄だ!
みんな、「戦いをするための協定」に賛成した元老たちをやっつけてしまえ!

ある元老が国を守るために、強き者と同盟を結ぼうとしている。
それを見た別の元老が、反対のために民衆を扇動した言葉になります。
最近、ある国で見たことがある光景です。
平和を愛し、力を否定している人達が、暴力を持って反対意見を持つ人を攻撃する。
まったく矛盾しています。しかし、本人たちは矛盾と考えていない。
なぜなら、「自分が正しい」と考えているから。

現実を認めない

彼らはただ南の崖を登ってきただけです。
それを非友好的と決めつけることこそが、いかに非友好的なことか、わからないのですか。

ウシガエルがナパージュのエリアに無断で入ってきた。
それに危機感をもっているカエルに、物知りのデイブレイクが話した言葉になります。
相手は間違って入ってきただけかもしれないから、力を持って追い出してはならない、という考え方。
我々には「三戒」があるのだから、相手が攻め込むわけがない、という安心感からきている。
現実と向き合わないにも、ほどがある。

無条件降伏

もしウシガエルがこの国に攻めてきたら、無条件で降伏すればいい。
そしてそこから話し合えばいい。

平和主義の考え方?
もしくは、無抵抗主義でしょうか?
聞こえは良いし、意外と支持する人は多いかもしれない。
しかし、全ては相手に委ねることになる。
全員殺されるかもしれないし、奴隷になって人として扱われないかもしれない。
日本における内戦は、武士などの特殊な人だけで争い、農民などには「上が変わるだけ」の印象になっている。
しかし外国の二国間による争いでは、虐殺なども普通に起こる。
被害が少なくて済む事例もあるが、とても受け入れられない。

いいがかり

諸君、プロメテウスは恐ろしいカエルだ。
この平和なナパージュを戦いのできる国にしようと考えている悪魔のようなカエルだ。

プロメテウスは、あくまで「戦える国」にしようと言っているだけ。
しかし、この言い方では「戦う国」と判断できてしまう。この差は非常に大きい。
「戦えない国」なんて、ただの弱者なのに。

正論

うまくいくまで話し合うのだ。それが話し合いというものじゃないかね。
話し合いでうまくいかなかったら、力に訴えるというのは、良識あるカエルの取るべき道ではない。

正論です。まったく、この通りでありたい。
しかし、肝心なことが抜けている。相手が力に訴えた場合の対策です。
その対策のない話し合いは、相手の都合が全てとなる。

スケープゴート

彼を葬り去ることによって平和が保たれるなら、それはむしろいいことだよ。
そのことによって、多くのカエルの命が助かるんだよ。

「戦える国」を目指す元老を、国民が殺せと言っている。
それに対して、ソクラテスの仲間のロベルトが話した言葉になります。
みんなの平和を守るために犠牲が出ることはある。
しかしそれは結果であって、あくまで可能性に過ぎない。
平和を願う民衆は、時に敵より残酷である。

ただの事故

これは何かの間違いに違いない。これはただの事故だ。そうに違いない。
だから、もう同じことは起こらない。

国民に被害が出た時に、元老が語った言葉になります。
これはあきらかに現実を見ずに希望を語っている。そうあって欲しいと願っている。
ただし、相手にとってはこれほど都合のいいことはない。

感想

この物語はカエルを擬人化したフィクションです。
しかし、よく知る国の状態に非常に似ている。
もちろん作者も意識して書いているでしょう。
ただ間違いたくないのは、あくまでこれは可能性の一つだと言うこと。
いつ起こるか分からないし、今後は起こらないかもしれない。
可能性は複数あります。
最善ではなくても、よりよい方向に導けるように準備だけはしておきたい。
もちろん、これぐらいのことは多くの人が知っている。
問題は少数の声が大きい人の存在。
無視する必要はないが、判断材料に利用するだけにとどめたい。
いろいろ書いていますが、純粋に作品として面白い。
難しいことを抜きにしておすすめです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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カエルの楽園 (新潮文庫)

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